名古屋女子大学所蔵芝居番付資料の概要
非常勤講師 鈴木 光保
以下本目録収載の芝居番付の特徴について、地域性・時代性・様式性の3点から概観してみる。
1. 地域性
名古屋諸芝居の番付が収集番付の核となっていること。
本目録に収載された芝居番付の大方を占める歌舞伎の役割番付と辻番付との枚数を地区別 に見ると表1のようである。これによって名古屋芝居の番付が収集の中心をなし、ついで大阪の番付の多いことが際立つと言える。近世に限れば名古屋の番付は約660枚で、阪急学園池田文庫蔵の約550点、国立音楽大学竹内道敬寄託文庫の約630点(異版は別
)、国会図書館所蔵の約440点などにほぼ並ぶ点数である。また名古屋近世の浄瑠璃番付は演劇博物館の110余点、池田文庫の約50点ほどに対して65枚を有する。
それら点数自体は、名古屋芝居を史的に通観するには、むろん大いに不足するとしなければならないが、本図書館の地域に即した収集の在り方として今後も拡大が期されよう。
三都についても限られた点数であるが、公刊された所蔵番付目録あるいは『近代歌舞伎年表』大阪篇・京都篇などに収載されていない次のような例がある。
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本目録通し番号
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| 嘉永7年1月 |
京都北側 市川鰕十郎一座
助六所縁江戸桜 *追番付 |
(3-562)
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| 明治14年1月 |
京都岩神 市川市十郎一座
妹背山婦女庭訓/一ノ谷嫩軍記/男競三国湊 |
(1-1825)
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| 明治31年7月7日 |
大阪中座 市川市十郎一座
五三桐手染石川/国訛嫩笈摺/播州皿屋敷 |
(3-384)
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また『義太夫年表近世篇』・『歌舞伎絵尽し年表』などに未収または所在が唯一知られる例も見出され、留意すべきと思われる。
その他の地方芝居の番付には山形の2枚(1-1828、1-1829)を始め、興行地は不明ながら座紋からして江戸あるいは大阪の役者による一座の地方巡業と思われるものなどがあって注目される。
2. 時代性
明治期の番付も一定量あって、近世から近代にかけての諸座の歩みが窺えること。
名古屋芝居における収載番付の年代の上限は、安永期のもの(1-1)であるが、明治の同地諸座の番付も併せ収めるので、各座の変遷推移の大略が表2のように知られ、従前の関係記述の不備を訂すべき根拠も見出される。他の地域についても各座の推移がいくらかは窺い知れよう。
明治中期の名古屋劇界は「新愛知」新聞の同23年12月8日付の記事に、「此節当市中の劇場9座(末広、橘、新守、千歳、宝生、笑福、京桝、弘法、芳野)」と知れるが、このうち京桝以下の番付は未見である。同38年度の「大日本俳優大見立」には御園・末広・歌舞伎・宝生・新守の5座に、活字を落とした音羽・千歳の2座を加えて計7座が付記されている。それらのほかにも短命に終わった劇場がなおいくつかあり、また当時の興行は数日から十日ほどで外題替えすることが多かった。そうしたいわば興行密度に対して番付の収集は自ずと限界もあるとした上で、収載番付の位
置づけと有効利用が図られなければならない。
3. 様式性
全体として多様な形式の番付や番付以外の資料が見出されること。
名古屋を主にしながら諸地域にわたり、近世後期から昭和前期に及ぶ収集なので、そこに多様な形式の番付が含まれている。歌舞伎の基本的な番付種別
である顔見世(極り)、役割、辻、絵本などが一通りは揃い、それらの中にも、日小屋の役割番付や地方芝居の極り番付、あるいは短冊を散らした構図の役割番付などがあり多彩
である。また絵入根本の巻頭の役割を写したのなどは番付享受の一面を示す例であろう。
三都あるいは三府の惣役者付などはよく見かけるが、江戸三座の座組を予想したもの(6-3、口絵参照)や嵐璃寛の当り狂言の多色摺(6-4、口絵参照)などやや希な部類と思われる。
番付以外の資料の中にも、歌舞伎狂言の場割とか役者による浄瑠璃番組などは類の少ないものであろうし、チラシの類も散逸しやすいだけに残されたのは時代の匂いを伝えて貴重とすべきであろう。
以上ごく簡略な解説ながら本目録利用に役立てば幸いである。
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